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〇あるある介護隊の思い

今まであった1時間という時間を厚生労働省は「45分労働賃金を打ち切りますのであとは好きにしてください。」と言ったと聞いております。

例えば、ここ10年-20年以上住んでいらっしゃる方等では今まで皆がしていた開署をできなかったりご仏壇におられるご主人様やご先祖様にご飯やお茶をあげてもらう事。

高齢者の方にとってはそれは自分の朝ごはんを用意し、食べさせていただくよりも大切な事なんです。

私は、介護事業所を率いている東さんと良く相談をし、高齢女性の考え方も日々勉強している毎日です。

よく聞く話の中で厚生労働省は電球が切れたという日常の起こりうる事でも真っ暗な中で生活をするのでしょうか?

生活保護の方等で電球が切れた事を一々頼めるような街の電気屋さんも最近では無くなっている事を厚生労働省は分かっているのでしょうか?

お年寄りの方で良く住まわれている所に文化住宅と言う所で住んでらっしゃる人もいますが、玄関入り口の水の流れる所から雑草が生えて一々跨いで通るのでしょうか?また、そのような場所に住んでいらっしゃる方で物干しは玄関の前に物干しを用意してある造りの所も多いのですが、干し物を干してあげるにしても、下から伸びている雑草に綺麗に洗った洗濯ものが擦れるという様な話もよく聞きます。

厚生労働省のお方達はそれら全て生活の当たり前の行為として抜いてあげる事さえ禁じている。

「生活保護で謳っている近代的で衛生的な生活をさせなければいけない」と言うのにまるで反していると考えるのは私達の法人だけでしょうか?

背広姿で厚生労働省の社会的に偉いと思われている人達には本当の福祉の精神が理解をしているのか疑問を感じる事は無いのでしょうか?

時間から時間に追われてヘルパーの仕事はただ出来ないことを最低限助けるという事だけで利用者の所ではお茶一杯飲む事も駄目ならばその理由が利用者の方から良く聞くのは、(私達のような障害のある者や高齢で必死で入れて下さった心づくしのお茶を私達ヘルパー利用者宅でのいっぱいの心づくしのお茶さえも飲んではいけない)と言うのが厚生労働省からの決められた事というのを利用者さんにこの話をすると私達のような者が入れたお茶等が何か汚いという様な事に感じて非常に気分を害する方もいらっしゃいます。

この様な動けない利用者さんのお家にヘルパーに行き「あ、電気切れてるわ」「今日は

日が暮れたら真っ暗な所で生活をして明日にでも来てくれそうな電気屋さんを呼ばないといけないね」​すると利用者さんの言うには「最近、電気一個を変えてくれるような心ある電気屋は居ない。」勿論私たちが考えても来ないというのは当たり前の様に思う。

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